糖化研究レポート

2020年3月30日

不妊に影響するカラダの糖化

「不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が一定期間妊娠しないことをいいます。日本産科婦人科学会では、この「一定期間」について「1年というのが一般的である」と定義しています。不妊の原因としは、男性側が約40%、女性側が約40%、両側が約15%、不明が約5%とされています1)。不妊症の治療は、タイミング療法やホルモン剤の注射などの薬物療法がなされ、妊娠しなければ次の選択肢として生殖補助療法(assisted reproductive technology: ART)が考慮されます。ARTは卵子および精子を扱う不妊治療を指し、体外受精(in vitro fertilization: IVF)や、それに顕微授精(intracytoplasmic sperm injection: ICSI)を合わせた手法が広く行われています。

不妊症の3大原因は、卵巣機能障害、男性不妊、卵管障害といわれています。卵巣機能障害でもっとも多い症状は多襄胞性卵巣症候群(polycytic ovary syndrome: PCOS)で、この症状をもたらす最も多い原因は、インスリン抵抗性です。インスリン抵抗性とは、インスリンが正常に働かなくなった状態で、食事で高くなった血糖値が下がらなくなります。さらには糖尿病にも繋がります。PCOSの女性に血液中の糖を減らす糖尿病改善薬(metformin)を投与したところ、排卵、妊娠率が改善したという報告があります2)。また、不健康な生活習慣(不安、ストレス、加齢、肥満、やせ、運動不足、不良な睡眠、飲酒、喫煙、不良な食生活)はインスリン抵抗性を引き起こすことから、PCOSでない卵巣機能障害を持つ女性に対しても、糖尿病改善薬が胚生育や妊娠率を改善したという例が報告されています3)

糖はカラダの中のタンパク質と反応(糖化)して、終末糖化産物(AGEs)をつくります。高血糖の状態はAGEsができやすい状態です。ヒトの卵細胞にはAGEsの一種であるペントシジンが存在し、加齢とともにその量は多くなることが知られています4)。培養されたヒトの絨毛細胞に、グルコース由来のAGEsを添加すると細胞が害をうけることから、AGEsの蓄積は着床や胎盤機能を傷害する可能性が考えられています5)。さらに、カラダでのAGEsの蓄積はAGEsの受容体(RAGE)を介して炎症を起こすため、卵や卵胞の発育不良や卵胞閉鎖の促進を招きます。

生殖補助療法(ART)においては、AGEsの蓄積とARTの成績との関係性が報告されています。採卵時の血液や卵胞中のペントシジンやカルボキシメチルリジン(CML)といったAGEsが多いほど、採卵数や受精卵数が少なくなるというデータがあります6)。また、卵胞液中のペントシジンは、受精後継続して妊娠するヒトに比べて、妊娠しなかったり、流産したヒトで高いという報告もあります6)。一方、高血糖を改善したり、AGEsの蓄積を防ぐため、ベンフォチアミン(ビタミンB1誘導体)やメトホルミン(インスリン抵抗性改善薬)の投与において、ART成績の改善が報告されています3) 6)

このように、カラダの糖化によってできるAGEsは、生殖医療において卵胞発育、受精、胚生育、妊娠成否に影響を及ぼす可能性が指摘されています。このことから、AGEsの蓄積に着目した不妊治療は、新しい治療法として考えられています7)8)

引用文献:

1) 川崎医療福祉学会誌 19, 13-23, 2009
2) Lancet 361, 1894-1901, 2003
3) Hormones (Athens) 9, 161-170, 2010
4) Acta Histochem Cytochem 41, 97-104, 2008
5) Hum Reprod 19, 2156-2162, 2004
6) Hum Reprod 26, 206-610, 2011
7) AGEsと老化 251-259, 2013
8) Glycative Stress Research 6, 64-67, 2019

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