糖化ケア講座

2019年10月4日

AGEsの蓄積レベルから将来の健康を予測する

東海大学農学部 永井 竜児 教授

糖化が進んでAGEs化すると何が起きる?

チキンの照り焼きやコーヒー豆の焙煎などで生まれる香ばしさや褐色反応を、食品の世界では「メイラード反応」といいます。これはアミノ酸と還元糖による化学反応で、食欲をそそる芳香やおいしさをつくり出すものですが、同じ現象が体内で起こるとさまざまな悪影響を及ぼす要因となります。カラダのメイラード反応は「糖化」ともいわれ、体内のタンパク質と代謝しきれなかった余分な糖が結びつくことで起こります。その進行には段階があり、前期反応では「アマドリ転位物」という中間産物を生成します。さらに酸化や脱水、縮合反応によって、最終的には元のタンパク質には戻れない「AGEs(エージーイー)」という終末糖化産物に到達します。最近では、代謝や炎症反応から生成するカルボニル化合物から、AGEsが短時間でできることも分かってきました。

タンパク質がAGEs化すると何が起きるのか。まずひとつには、タンパク質の一種である酵素の活性低下が挙げられます。これは、ある種のAGEsが、タンパク質を構成するアミノ酸の性質を変えてしまい、タンパク質の形を変えてしまうことから起こる現象です。またAGEsの中には、タンパク質同士を結合する「架橋」を生じるものもあり、骨の老化とも大きく関係しています。骨はカルシウムのかたまりのように思われていますが、その体積の50%はコラーゲン、つまりタンパク質からできています。東京慈恵会医科大学の斎藤充先生は骨を鉄筋コンクリートに例えて説明されておりますが、カルシウムがコンクリート、コラーゲンは鉄筋の役割を果たしているそうです。ところが、鉄筋であるコラーゲンがAGEs化すると、骨がしなやかさを失い、折れやすくなってしまいます。骨密度は十分にあるのに骨折してしまうという事象には、実はAGEsが関わっている可能性が高いのです。

目のレンズの役割を果たす水晶体にもAGEsは蓄積します。水晶体は代謝がほとんどなされないタンパク質なのでAGEsの蓄積は進む一方で、白内障の原因となることが報告1)されています。さらに、AGEsの皮膚への影響も見逃せません。AGEsはコラーゲンを架橋して肌のハリや弾力性を低下させることに加え、コラーゲンを分泌する線維芽細胞を死なせてしまうこともわかってきています2)。また加齢に伴う肌のくすみも、AGEsの褐色反応が関係しているといわれています。

AGEsを測れば糖尿病合併症リスクがわかる

糖化はだれにでも起こる現象です。糖をエネルギー源として活用する以上、メイラード反応は避けることができず、従って加齢とともにAGEsも蓄積していきます。紫外線や喫煙などで酸化ストレスが増えるとタンパク質の変性は加速しますが、糖代謝異常と酸化ストレスが同時に進行するとより急激なAGEs化を引き起こします。このことから、糖尿病をはじめとする生活習慣病の発症が、AGEsの体内蓄積を促進することがわかってきました。糖尿病患者の血糖コントロールマーカーとして世界的に測定されているヘモグロビンA1cは、メイラード反応の前期生成物であるアマドリ転位物に相当します。しかし、この指標では糖尿病合併症の発症リスクを正確に予測することはできません。糖尿病の恐ろしさは合併症にこそあります。放っておくと、神経障害や腎症、網膜症、脳梗塞、心筋梗塞といった深刻な疾病を引き起こすリスクがあるからです。

そこで注目されているのが、体内のAGEsです。AGEsの蓄積量がわかれば、糖尿病合併症が発症するリスクの指標となり、予防に役立てることができます。私の研究室では質量分析装置を利用してさまざまな代謝由来のAGEs測定や探索を行っていますが、より多くの人が手軽にAGEsを測定できるよう、「AGEsセンサ」をシャープライフサイエンス株式会社(現エア・ウォーター・バイオデザイン株式会社)と共同開発しました。このAGEsセンサを用いて糖尿病患者のAGEs蓄積レベルを調べたところ、合併症を多く持っている人ほどAGEsの値が高くなることが確認できました3)。つまり、皮膚AGEsと合併症には明らかな相関があるわけです。

現在、日本の糖尿病患者とその予備軍は2000万人にも達するといわれます4)。糖尿病には1型と2型があり、その95%を生活習慣に由来する2型が占めています。言い換えれば、生活習慣の改善で疾病を免れることのできる人がそれだけいるということです。糖尿病患者の医療費には年間一兆二千億円が費やされていますが、きちんと予防をすることでこれを削減できる可能性があるのです。AGEs蓄積レベルは生体内における「生活習慣のバイオマーカー」5)ともなるので、ぜひ一度調べてみてはいかがでしょうか。

AGEsの蓄積を抑制する食品

私の研究室では、いくつもあるAGEsの構造を特定し、身近な食品由来のAGEs生成抑制物質を探索する研究を進めています。そこでわかったのは、酸化ストレス由来のAGEsには、抗酸化作用のあるポリフェノールやカテキンなどのフラボノイドが効果的であるということ。とくに水溶性ポリフェノールが豊富なマンゴスチンエキスは、ヒトがサプリメントとして飲用した試験で、初めて血中ペントシジンというAGEsを減らし、肌のAGEsの蓄積量も減らしたというエビデンスが論文として発表されています6)。このマンゴスチンエキスは、「抗糖化」を謳った機能性表示食品の原料としてサプリメントに利用されています。

また、糖尿病の血糖コントロール不良をはじめ、妊娠初期のつわり、過度な運動や急激なダイエットなどで増加するケトン体からもAGEsができます7)。グレープフルーツや梅干しなどに含まれるクエン酸は血中のケトン体が上昇するケトアシドーシスを改善することによって、ケトン体由来のAGEs生成を抑えるのに有効です。妊娠初期のつわりの方が好みが変わってすっぱいものを食べたくなることがありますが、これはケトン体を改善するためにクエン酸を摂取したくなる生理現象かもしれません。また、糖尿病動物にクエン酸を摂取させると、白内障の発症や腎機能の低下を抑えられることも確認されています。その他、ビタミンB1もAGEs化を加速させる物質の生成を抑えることがわかっています。

食品中に含まれるAGEsは有害か?

このようにAGEsの生成を抑制する食品由来物質が発見される一方で、食品中のAGEsを有害視する報告も出されています。でも、私自身はその見解には懐疑的です。理由は、多くの報告書でAGEsの具体的な構造が明かされておらず、故に食品および生体に吸収される濃度も正確に測定できていないにもかかわらず「危険だ」と声を上げるのは、いたずらに不安を煽っているように思えるからです。実体が分からないものを恐れることから、私はこれを「AGEsおばけ」と呼んでいます。

そもそもメイラード反応は、食品業界では「善」なるものとして長い間研究がなされているものです。日本古来の調味料である醤油や味噌などの褐色や香気、味覚成分もメイラード反応の賜であり、AGEsも多く含まれています。そしてこれらを食べ続けてきたわが国は世界有数の長寿国であることを考えると、食品中のAGEsがすぐに「悪」とは言い切れません8)。むしろ、メイラード反応生成物が構造の変化により消化ができなくなったことで食物繊維と同様の働きをし、ビフィズス菌などの腸内善玉菌の炭素源となるという報告9)もあるほどです。

先にも述べたように、糖化はだれにでも起こり、健康な人にもある程度のAGEsは蓄積されていきます。その蓄積を抑えるためには、食品中AGEsを気にするよりも、まずは正しい食生活や運動習慣を心がけることが大切です。そのうえで、AGEsをケアする食品を意識的に摂取することをおすすめします。

Profile
永井 竜児 (ながい りょうじ)
東海大学 農学部 バイオサイエンス学科
食品生体調節学研究室

研究室では、加齢関連疾患である生活習慣病に焦点を絞り、①肥満に伴う脂肪細胞の機能障害機構および食品成分を用いた改善効果、②糖から生成する老化物質であるAGEsの代謝マーカーへの応用および生成抑制化合物の探索、③食品成分を用いた動脈硬化抑制作用の検討を行っています。

引用文献:

1) Proc Natl Acad Sci USA 88, 10257-10261, 1991

2) Am J Physiol Cell Physiol 292, C850-6, 2006

3) J Clin Biochem Nutr 58, 135-140, 2016

4) 厚生労働省「平成28 年国民健康・栄養調査結果」

5)   J Clin Biochem Nutr 55,1-6, 2014

6) J Cli Biochem Nutr 57, 27-32, 2015

7) Biochem Biophys Res Commun 393, 118-122, 2010

8) アンチ・エイジング医学 15, 71-82, 2019

9) Mol Nutr Food Res 49, 673, 2005

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