2021年4月22日
カラダの糖化がこころの病気を招く? AGEsと統合失調症の関係
公益財団法人 東京都医学総合研究所
精神行動医学研究分野 統合失調症プロジェクト 新井 誠 先生
精神病領域でも注目されるAGEs
体内で糖とタンパク質が結合することで最終的に形成されるAGEs(Advanced Glycation Endproducts=AGEs)は、糖尿病や心疾患、認知症などのリスク因子であるといわれてきました。ところが、近年の研究により、精神疾患の一つである統合失調症の発症メカニズムにも関わっていることが明らかになりつつあります。統合失調症の患者さんの中には、AGEsの一種であるペントシジンの血中濃度が高く、またそれを解毒するビタミンB6の減少がみられる人が一定数いることがわかったのです。
糖化ストレス(カルボニルストレス)を受けるとAGEsが蓄積することから、私たちはこれを「カルボニルストレス性統合失調症」と呼び、その予防や治療、創薬につながる基礎研究や、診断に役立つバイオマーカーの開発を行っています。これまでの研究から、カルボニルストレス性統合失調症は、統合失調症全体のおよそ2割を占めることが見えてきました。将来、カラダのAGEsの蓄積度を調べることで早期の発見や予防・治療にも役立てられるのではないかと考えています。
カルボニルストレス性統合失調症の発見
統合失調症は、100人に1人が発症するといわれる、意外に身近な病気です。その多くは思春期や青年期の早い時期に発症しやすく、症状としては、妄想や幻覚、まとまりのない会話、奇異な行動、意欲の欠如などが挙げられます。発症の要因には、様々な遺伝素因や環境素因がありますが、その一つとして私たちが注目しているのが、糖化ストレスです。
きっかけは、ある統合失調症多発家系の症例において、糖化を抑制する酵素であるグリオキサラーゼ(GLO1)の変異を発見したことにあります。この症例では、GLO1の活性が健常者の50%まで低下していたため、糖化ストレスの亢進が推測されました。そこで、症例の末梢血を解析したところ、血中AGEs(ペントシジン)濃度の上昇と、その抑制に消費されたと思われるビタミンB6の低下が顕著に認められました1,2,3)。
最初はたった一つの症例で着目したことですが、そこから対象を広げて研究を進めるうちに、糖化ストレスが亢進するタイプの症例は、統合失調症全体の約2割にも上ることが明らかになりました。また、この「カルボニルストレス性統合失調症」の患者さんは、治療薬が効きにくく、入院期間が長期化する傾向にあることもわかってきました4)。
現在、従来の薬では治りにくいカルボニルストレス性統合失調症に向けた創薬の研究が進んでいます。これはペントシジンの蓄積を防ぐビタミンB6(ピリドキサミン)を用いたもので、すでに治験ではいくつかの症状改善が報告されています5)。また臨床以外にも、マウスモデルによる分子基盤の解明を目指しており、こうした基礎研究の成果を少しでも早く、統合失調症に悩む患者さんたちに還元していきたいと考えています 6,7)。
胎生期や思春期の糖化ストレスのトラジェクトリーを知る
AGEsは、年齢とともに蓄積されていきます。なかでも、糖尿病や腎症、心血管障害などの罹患者においてその増加率が顕著であることがわかっています。そのため、糖化ストレスはライフステージの後半に出現するリスク要因とみられていました。しかし、多くの精神疾患が思春期に発症することを考慮すると、糖化ストレスはライフステージの早い段階から着目すべき指標であると考えられます。
これまでの研究から、精神疾患が顕在発症する前の段階から健常者に比べてAGEsの値が高くなるケースもあることがわかってきました。そこで私たちは、胎生期から成人初期までの早期ライフステージにフォーカスした糖化ストレスのコホート研究を、東京ティーンコホート(http://value.umin.jp/index.html)と連携して活動を行っています。解析には尿や唾液、乳歯、血液といったバイオサンプルを用いるほか、侵襲性の低いAGEs測定器(AGEsセンサ)を活用しています。これは近紫外光を当てるとAGEsが発光する性質を利用して、指先からAGEs蓄積量を測定するものです。
研究の結果、糖化ストレスが思春期のライフステージにおける心身の健康発達の問題とも密接に結びついていることを発見してきました8)。AGEsのトラジェクトリー(軌跡)を解析すると、精神的な不調を訴える児童の中には、AGEsの値が持続して高いような場合も少なくないことがわかってきました。近年、母体の妊娠早期糖尿病の罹患が、生まれた子どもの精神病症状体験に関連していることが示されており9)、胎生期の糖化ストレスが後の精神病症状体験に影響を及ぼす可能性も示唆されています。私たちはAGEsのトラジェクトリーを知ることにより、必要な方へ、早い段階でのサポートが実践できるのではないかと考えています。また、AGEsのトラジェクトリーを適正化するような支援を行うことによって、精神疾患の発症予防につながるものと期待されます。
精神疾患は、心だけでなく、身体にも悪影響を及ぼします。精神疾患患者は、健常者と比べて平均余命が20年以上短いという報告もあります10)。そう考えると、糖化ストレスの予防や改善は、身体と精神の健康維持などに大きく関わるものといえます。今を生きる私たちだけでなく、次の世代に健やかな人生をつないでいくためにも、日頃の糖化ケアを見直してみてはいかがでしょうか。
Profile
新井 誠(あらい まこと)
公益財団法人 東京都医学総合研究所
精神行動医学研究分野 統合失調症プロジェクト
副参事研究員・ プロジェクトリーダー
統合失調症の分子遺伝学、生化学、分子生物学をはじめ、基礎と臨床をつなぐ視点から研究活動に従事。2015年度より、研究室を主宰するPIとして精神科領域における生物学的研究を推進する。これまでに統合失調症と糖化ストレスの関連を明らかにし、現在はライフコースにおける心身健康のための糖化ストレス制御を探求する研究に力を注いでいる。